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趣味や特技がないことが深刻な悩みになる

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趣味や特技がなくても恋愛面では特に問題はないし、人間としての魅力と直接関係ないです。

 

年齢を重ねてくると自分の趣味や特技は「コレ!」とハッキリ言えないことがコンプレックスのように思えてきます。

 

 

特技や趣味がないまま年齢を重ねて絶望

最初は特技や趣味がなくても人間としての評価に直結してないから、さほど気にしてなかったです。「趣味がある=素晴らしい人」と限らないし、今でもその考えは変わりません。趣味を極めてても魅力がない人なんていっぱいいます。

 

でも年齢を重ねてると、自分は年だけとって何も積み重ねてこなかったことを気にするようになります。

 

今まで一体何をしてきたんだって。

 

何かしら色々挑戦してた気もしますが、その中身が思い出せない。

色々やったけど今の自分のモノになっていないことは間違いない。

 

年齢だけ重ねて何も実らせていない事実に絶望するのです。

自分に絶望するんです。

 

評価されるための習い事をするのは続かない

趣味を継続させてきたら立派な特技になると10代の時から睨んでました。

そこで茶道とゴルフだったらドヤリングしやすそうという理由でチョイス。

茶道できたら品が良さそうだし、ゴルフは生涯スポーツになると思ったからです。

 

一応続けたけど、私は茶道もゴルフもそこまで好きになれなかったので特技にできずに今はスッカリ忘れてしまいました。

 

心から好きで今も続けていたら、恐るべし特技になっていたかもしれません。

 

世間体や実益だけを求めても続かないし、純粋な趣味と言えませんね。

時間とお金をそれなりにかけただけに残念な結論でした。

 

趣味とは自分のためのもの

私は子供の時は多趣味で情熱もすごかったと思います。

ゲーム、漫画、お絵かき、B級映画、小説、神話など生きていく上で全く役に立たないことに異常に情熱を注いでました。

 

思春期になりダサくてモテなくて無意味な趣味に決別。

それどころか、時間の無駄であったと激しく後悔し始めました。

 

無駄だった時間を取り戻すために無駄は一切排除して合理主義に徹しました。

その甲斐あって自分の満足するくらいには結果を出せたとは思います。

 

そして合理主義の末に人生で本当に大事なことはそんなに多くないことに気づきました。

 

意味のあることだけすることは時間を持て余します。

余った時間に何をやっていいのかわかりません。

無駄なことが人生を充実させるのだなと痛感してます。

 

誰にどう思われるとか、役に立ちそうとかそういうことでなく他でもない自分のために趣味は必要だと言えます。

 

最後に

現在、とても実用的でないと思えない活動してます。

無駄ななので無駄活と名付けています。

 

この無駄活が面白いです!

 

神話とか星座とか調べてるのが面白いです。

格闘技でピョンピョン飛び跳ねて殴ってるのが面白いです。

自分で綺麗だと思う場所の写真を魅力的に撮ろうとするのが面白いです。

 

はたから見たら意味不明に見えるだろうけど、自分の人生が充実してるような気がして潤った日々を送れています。

 

近い未来にテクノロジーが発達して仕事がなくなって暇になると言われています。

趣味がない人間にとって暇って想像以上に辛いことです。

暇が辛いって贅沢言うなって感じですが本当に死にたくなります。

深刻な問題なんです。

 

どうせ死ぬから今すぐ死ぬことが合理的なのです。

生物学的には生きること自体が意味がないことなのです。

これを知った時は衝撃的だけどすごく納得しました。

 

何者でもない自分のために生きて、充実した人生を送りたいという人は好きなことを早い段階で見つけておくのが本当に大事です。

 

徹底して合理的に生きること自体が無駄。

無駄を楽しんでこそ人生。

無駄を楽しむことが結果的に無駄でなくなる。

 

矛盾してますが、無駄活が将来、無駄でなくなると思います。

 

 

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