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不幸な人の数を知ることのメリット

自分がこの世で一番の幸せ者だと思う瞬間があります。

また一番の不幸者だと思う瞬間があります。

 

それは勘違いであることが多いのですが、そういう時こそ他人の不幸を知ると冷静になります。

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他人の不幸を知ってしまうこと

TVやネットでは不幸なニュースで飛び交っていますが、どこか他人事というか自分には関係がないと実感が湧きにくいと思います。

どこか遠くの異国の事件のような、フィクションのドラマのような感覚で聞き流してしまいます。

 

しかし本当はニュースになっていない不幸な出来事は山盛りにあります。

ショッキングな出来事はダーティな内容であるほど表に出てこないです。

また明るく振舞うのが人前に出るエチケットのようなものです。

 

だから、よほど親密にならなければ知ることはできないのです。

 

何事もなく毎日幸せそうに見えても、知らないところで大変な思いをしてる人は身近なところでも実際は沢山いるのです。

 

自分が幸せな時に不幸を知るメリット

私は自分が一番の幸せ者である、一番の不幸であると錯覚しがちです。

こういう精神状態の時は必ずと言って良いほど自分の世界の視野は狭く、自分しか見えていない状態なのです。

 

自分が最高に幸せ者だと勘違いしてる時に、大変な人を見かけると幸福を見せつけているようで自然と自重をするようになります。ちょっと察する能力があったら、なんとデリカシーのない行為であったかと反省して恥ずかしくなります。

 

過剰な幸福アピールは付けすぎた香水のように他人をムカムカさせます。

他人と比べるなとよく言いますが、それは自分のほうが劣ってる者のためへの励ましの言葉なのです。

自分は優勢の時に幸せを誇示するのは他人への劣勢を思い知らす機会を与えるのです。

 

餓死寸前の子供達の前で、ついさっき特上寿司を食べた話をするようなものです。

 

なので幸福は人が知らないところでコッソリ噛みしめるのが良いのです。

幸せを隠すのが人類全体への優しさです。

 

自分が不幸な時に他人の不幸を知るメリット

自分がMAXに不幸な時は世の中が憎たらしくなります。

私だけが苦労して私以外みんな幸せそうに見えると世の中は理不尽だなと悲しくなります。

 

けど、自分よりも大変な思いをしている人は沢山いるし、トラウマレベルのエゲツない経験をしてる人だってゴロゴロしています。

 

ビッグバン級の不幸な経験をしてる人の存在を知ってしまうと、自分の悩みはなんと小さいことかと思います。それで顔に出さずに前向きに生きようとしている姿を見たら自分の精神の弱さを思い知らされます。

 

この程度で弱音を吐いてはダメだなと考えを改めます。

自分にとって当たり前のことが実は恵まれていることに気づかされるキッカケにもなります。

 

どっちの方が不幸かという問題でなく、みんな大変な思いをしてるし、自分もめげずに頑張ろうと納得できます。自分ばっかり不幸だと思うのは100%勘違いです。

 

不幸の数を知ったら謙虚になれる

幸せになりたい、幸せは良いこと、幸せは正義。

しかし不幸から学ぶことのほうが遥かに多く、人生のつじつまを合わせるかのごとく、誰だってちょっとした不幸を心に隠し持っているのです。

 

それが人生です。ほとんどの人がそうです。

もちろんそうでない人もいますが少数派です。

 

過剰に幸せを見せびらかす人は傲慢で鈍感です。

嫉妬してると言ったらそれまでだけど、その一言で片付けるのは、トコトン鈍感で傲慢だなと思います。

 

かといってやたら不幸アピールされるのも辛気臭くて気を使うので、それも間違っていると思います。

 

普通に淡々と振舞うのがベストと言えますね。

 

 

幸せな時と不幸でどん底な時こそ周りをキョロキョロして視野を広くさせておきたいものです。

 

不幸から幸せの在り方と謙虚な振る舞いを教えてもらった気がします。

 

 

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