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偏見と差別の付き合い方!

価値観・社会ネタ

偏見を持ち、人を差別をすることは悪いことだと教わってきました。

今回は偏見と差別について考えてみました。

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偏見を持つのは悪いことなのか

  • イイ年齢なのに独身なのは人間的に欠陥がある
  • 低学歴は金を盗む
  • キラキラネームをつける家庭はろくでもない
  • 派手な女は相当男と遊んでる
  • 爪の長い男は彼女がいない
  • 関東人は気取り屋
  • 関西人は柄が悪い
  • インターネットに張り付いてる人は無職で不幸

 

偏見を持つのは悪いことだとは思いますが、転がるように生きていたら自分の中の一部の価値観が雪だるまのように大きくなって「偏見」ができあがるイメージです。

だから、ある程度「偏見」ができるのは仕方ないことかなーだと思っています。

 

偏見ができずに済むんだったら、それに越したことはないですが、誰でも無自覚になんかしらの偏見を作って持っているはずなので、自分が持つ偏見との付き合い方について考えることは意外に重要なんじゃないかと思います。

 

偏見との付き合い方

どうして自分の中で「偏見」が生まれたのか、過去を辿って原因を探ります。

 

誰かのすり込みで「偏見」ができてしまう場合も多いですが、自分の中の日常の中で心にひっかかる事件があったんでしょう。その事実が確信に繋がって統計ができあがって偏見が生まれてるはずです。

 

偏見というのは傾向と事実の繰り返しでできてます。

なので、例え歪んでいたとしても、信ぴょう性は全く0ではないはずです。

 

考えようによっては偏見は人生の糧にもなるので、悪いものだとからと言って無理やり自分の中でなくすほうが不自然だと思いますね。

 

問題は偏見を嫌悪感を抱いたまま放置して、偏見が生まれた理由もちゃんと説明できないまま、対象に向かって攻撃的になったり拒絶することがいけないことなのではないでしょうか。

 

偏見は悪いものだからこそ、改める心の準備をしておく柔軟性も合わせて持つべきだと思いますね。

 

偏見を差別をしないでいると狂う

さっき書いた通り偏見を持つことは良くないことです。

差別もあまり褒められたものじゃないですね。

 

しかし、それらを取り払って誰に対しても平等であろうとすると必ず無理が生じます。

人類平等なんて現実問題無理です。

 

好きな人に対しては贔屓(ひいき)をしてしまうでしょうし、嫌いな人に対しても好きな人と同じ扱いするなんてストレスが湧き上がるでしょう。頑張ってる人とサボってる人、金持ちと貧乏人、感謝してくれる人と礼もなくふんぞり返ってる人と自分を利用する気満々の人を一括りにフラットに接して同じ好き好き度でいるのは無茶です。

 

フラットにしようとするほど善悪の問題で悩むと思います。

 

全員痛めつけて死ぬほど不幸にすることが手っ取り早い平等ですが、それは手段として間違っていますよね。笑

 

だから「偏見」や「差別」や「区別」は自分自身を守るためにも役立つものだと考えています。全ての人を無償の愛で背負い込むのはキツイです。発狂必死です!

 

だから偏見を持って距離を置き、差別をして線引きをして、人を区別をして自分の心の平穏を保つのです!!

 

一般的には酷い行為ですが、自分自身の精神衛生を良くするためには偏見と差別は意外に役立つのです。自分と合わない人間とは無情に切り捨てたほうが自分のためです。

 

下手に義理や人情やモラルで人付き合いを続けると闇落ちします。

人を選別して大した葛藤もせずにアッサリ切り捨てる人の方が意外に闇落ちしないのです。

 

最後に

自分自身が偏見を持つことは逃げられない運命です。

自分が偏見されなくても必ず他の誰かから偏見を持たれて、差別されたり区別されたりするものです。お互い様です。

 

自分は100%の良い人でありたい人にとっては、偏見の問題は受け入れにくいとは思いますが、100%の純度で心がキレイな人なんて存在しません。それが人間味というものです。清い部分もあれば醜悪な部分があるのが普通です。

 

また偏見や差別によって悪い人を除外すると心の純度が上がることがあるのは皮肉な話です。

 

 

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